赤字が覚える語句。「赤シート」を押すと赤字が全部隠れ、隠れた語句をタップすると1つずつめくれます。もう一度押すと元に戻ります。
左から右へ時代が進む。点線の枠は「カリフは残るが実権を握った王朝」。
10世紀にはアッバース朝(バグダード)・ファーティマ朝(カイロ)・後ウマイヤ朝(コルドバ)の3つがカリフを名のり、カリフが3人並び立った。
ジハード(聖戦)による大征服でシリア・エジプト・イラクを獲得。
カリフを世襲。アラブ人が特権をもち、改宗した非アラブ人(マワーリー)もジズヤ・ハラージュを負担した。
ムスリムの平等:ジズヤは非ムスリムだけ、ハラージュはアラブ人も土地をもてば負担。最盛期はハールーン=アッラシード。10世紀以降は実権を失う。
イベリア半島。10世紀にはカリフを名のる。
イスマーイール派(シーア派)。はじめからカリフを名のる。アズハル学院を建てた。
アッバース朝カリフから大アミールに任じられ実権を握る。軍人に土地の徴税権を与えるイクター制を始めた。
カリフからスルタンの称号を受ける。宰相ニザーム=アルムルクがニザーミーヤ学院を建てる。イクター制を整え、アナトリア進出は十字軍のきっかけ。
トルコ人のマムルークが建国。マフムードが北インドへくり返し侵入。
アフガニスタン。ガズナ朝にかわって北インドへ進出し、インドのイスラーム化が進む。
奴隷王朝→ハルジー朝→トゥグルク朝→サイイド朝→ロディー朝の5王朝。クトゥブ=ミナール。
第3回十字軍と戦い、イェルサレムを守った。
アッバース家のカリフをカイロで保護。カーリミー商人が香辛料交易で活躍。
西アフリカのイスラーム化が進む。イベリア半島にも進出。
ムラービト朝を倒す。哲学者イブン=ルシュド(アリストテレス注釈)が仕えた。
イベリア半島最後のイスラーム王朝。アルハンブラ宮殿。
7代ガザン=ハンがイスラームに改宗し国教とする。宰相ラシード=アッディーン『集史』。
ティムールは明への遠征の途中で死去。ウルグ=ベクの天文台。トルコ=イスラーム文化。
シーア派の十二イマーム派を国教に。王はシャーを名のる。最盛期のアッバース1世はオスマン帝国から領土を取り戻し、ホルムズ島をポルトガルから奪回。「イスファハーンは世界の半分」。
| 7世紀 | ||
| 1 | 622 | ヒジュラ(聖遷):ムハンマドがメッカからメディナへ。イスラーム暦の元年 |
| 2 | 632 | ムハンマド死去。アブー=バクルが初代カリフ(正統カリフ時代) |
| 3 | 642 | ニハーヴァンドの戦いでササン朝を破る |
| 4 | 661 | アリー暗殺。ムアーウィヤがウマイヤ朝(ダマスクス) |
| 8世紀 | ||
| 5 | 711 | ウマイヤ朝が西ゴート王国を滅ぼす |
| 6 | 732 | トゥール・ポワティエ間の戦い(フランク王国に敗れる) |
| 7 | 750 | アッバース朝成立 |
| 8 | 751 | タラス河畔の戦い(唐を破る、製紙法が西へ) |
| 9 | 756 | 後ウマイヤ朝(コルドバ) |
| 10〜11世紀 | ||
| 10 | 909 | ファーティマ朝がチュニジアで成立 |
| 11 | 946 | ブワイフ朝がバグダードに入城 |
| 12 | 969 | ファーティマ朝がエジプトを征服しカイロを建設 |
| 13 | 1055 | セルジューク朝がバグダードに入城 |
| 14 | 1071 | マンジケルトの戦いでビザンツ帝国を破る |
| 15 | 1096 | 第1回十字軍 |
| 12〜13世紀 | ||
| 16 | 1187 | サラーフ=アッディーンがイェルサレムを奪回 |
| 17 | 1206 | 奴隷王朝(アイバク、デリー) |
| 18 | 1250 | マムルーク朝成立 |
| 19 | 1258 | フラグがバグダードを攻略、アッバース朝滅亡→イル=ハン国 |
| 20 | 1260 | アイン=ジャールートの戦い(マムルーク朝がモンゴル軍を撃退) |
| 14〜15世紀 | ||
| 21 | 1370 | ティムール朝(サマルカンド) |
| 22 | 1402 | アンカラの戦い(ティムールがオスマン帝国を破る) |
| 23 | 1453 | メフメト2世がコンスタンティノープル攻略 |
| 24 | 1492 | ナスル朝滅亡(グラナダ陥落) |
| 16〜17世紀 | ||
| 25 | 1501 | サファヴィー朝(イスマーイール1世) |
| 26 | 1517 | セリム1世がマムルーク朝を滅ぼす |
| 27 | 1526 | パーニーパットの戦い→ムガル帝国(バーブル)/同年モハーチの戦い |
| 28 | 1529 | 第1次ウィーン包囲(スレイマン1世) |
| 29 | 1538 | プレヴェザの海戦(オスマン帝国が勝利) |
| 30 | 1571 | レパントの海戦(オスマン帝国が敗北) |
| 31 | 1683 | 第2次ウィーン包囲に失敗 |
| 32 | 1699 | カルロヴィッツ条約(ハンガリーをオーストリアへ) |
エジプトの3王朝順番と宗派
| ファーティマ朝 | シーア派(イスマーイール派)。カイロを建設、アズハル学院。カリフを名のる |
| アイユーブ朝 | スンナ派。サラディンがファーティマ朝を倒す。十字軍と戦う |
| マムルーク朝 | スンナ派。モンゴルを撃退(1260)。1517年オスマン帝国に滅ぼされる |
ブワイフ朝とセルジューク朝どちらもバグダードで実権
| ブワイフ朝 | イラン系・シーア派。946年入城。称号は大アミール。イクター制を始めた |
| セルジューク朝 | トルコ系・スンナ派。1055年入城。称号はスルタン。イクター制を整備 |
カリフ・スルタン・シャー称号
| カリフ | 預言者ムハンマドの後継者。ムスリム共同体の指導者 |
| スルタン | 「権力者」。セルジューク朝のトゥグリル=ベクがカリフから授かったのが始まり。政治・軍事の支配者 |
| シャー | イランの王の称号。サファヴィー朝が用いた |
イクター制・ティマール制・マンサブダール制軍人・官僚への給与のしくみ
| イクター制 | ブワイフ朝が始め、セルジューク朝が整備。軍人に、俸給のかわりに土地の徴税権を与える |
| ティマール制 | オスマン帝国。騎士(シパーヒー)に徴税権(ティマール)を与え、かわりに軍役を課す |
| マンサブダール制 | ムガル帝国のアクバル。官僚・軍人に位(マンサブ)を与え、位に応じて給与と、用意すべき騎兵・騎馬の数を決める |
ウマイヤ朝とアッバース朝の税ジズヤ=人頭税、ハラージュ=地租
| ウマイヤ朝 | アラブ人の特権。改宗した非アラブ人もジズヤ・ハラージュを払う |
| アッバース朝 | ムスリムの平等。ジズヤは非ムスリムだけ、ハラージュは土地をもつ者全員 |
スンナ派とシーア派
| スンナ派 | 共同体の慣行(スンナ)に従う多数派。ウマイヤ朝・アッバース朝・セルジューク朝・オスマン帝国 |
| シーア派 | アリーとその子孫だけを指導者と認める。ファーティマ朝(イスマーイール派)・ブワイフ朝・サファヴィー朝(十二イマーム派) |
ムラービト朝とムワッヒド朝どちらもベルベル人・首都マラケシュ
| ムラービト朝 | 先。ガーナ王国を攻撃(1076) |
| ムワッヒド朝 | 後。ムラービト朝を倒す。イブン=ルシュド |
デヴシルメとイェニチェリオスマン帝国
| デヴシルメ | バルカンのキリスト教徒の子弟を集め、改宗させて教育する制度(集め方) |
| イェニチェリ | そうして育てた歩兵の常備軍(できた軍団) |
アクバルとアウラングゼーブムガル帝国・ジズヤ
| アクバル | ジズヤを廃止。ヒンドゥー教徒と融和 |
| アウラングゼーブ | ジズヤを復活。ヒンドゥー教徒らが反発し帝国が揺らぐ |
戦いの勝ち負け誰が誰に
| 642 ニハーヴァンド | 正統カリフ軍 ○ ― ● ササン朝 |
| 732 トゥール・ポワティエ間 | ウマイヤ朝 ● ― ○ フランク王国(カール=マルテル) |
| 751 タラス河畔 | アッバース朝 ○ ― ● 唐 |
| 1071 マンジケルト | セルジューク朝 ○ ― ● ビザンツ帝国 |
| 1260 アイン=ジャールート | マムルーク朝 ○ ― ● モンゴル軍 |
| 1402 アンカラ | ティムール朝 ○ ― ● オスマン帝国 |
| 1526 パーニーパット | バーブル ○ ― ● ロディー朝 |
| 1526 モハーチ | オスマン帝国 ○ ― ● ハンガリー |
| 1538 プレヴェザ | オスマン帝国 ○ ― ● スペイン・ヴェネツィアなど |
| 1571 レパント | オスマン帝国 ● ― ○ スペイン・ヴェネツィアなど |
| 五代十国・宋・遼・西夏・金 | ||
| 1 | 907 | 朱全忠が唐を滅ぼし後梁を建国 |
| 2 | 916 | 耶律阿保機が契丹(遼)を建国 |
| 3 | 926 | 遼が渤海を滅ぼす |
| 4 | 936 | 後晋が燕雲十六州を遼に割譲 |
| 5 | 960 | 趙匡胤が宋を建国(開封) |
| 6 | 1004 | 澶淵の盟(宋が兄・遼が弟、宋が毎年絹・銀を贈る) |
| 7 | 1038 | 李元昊が西夏を建国 |
| 8 | 1044 | 慶暦の和約(西夏が臣下、宋が絹・銀・茶を贈る) |
| 9 | 1069 | 王安石の新法が始まる(神宗) |
| 10 | 1115 | 完顔阿骨打が金を建国 |
| 11 | 1125 | 遼が滅亡(金と宋が挟撃) |
| 12 | 1126–27 | 靖康の変 → 北宋滅亡、高宗が南宋(臨安) |
| 13 | 1142 | 紹興の和議(淮河が国境) |
| モンゴル・元 | ||
| 14 | 1206 | テムジンがチンギス=ハンに |
| 15 | 1227 | 西夏が滅亡 |
| 16 | 1234 | オゴデイが金を滅ぼす |
| 17 | 1241 | ワールシュタットの戦い(バトゥ) |
| 18 | 1271 | クビライが国号を元に |
| 19 | 1276 | 元が臨安を占領(1279 南宋滅亡) |
| 20 | 1351 | 紅巾の乱 |
| 明 | ||
| 21 | 1368 | 朱元璋が明を建国(南京)、元は北へ |
| 22 | 1399 | 靖難の役(1402 永楽帝が即位) |
| 23 | 1405 | 鄭和の南海遠征が始まる |
| 24 | 1421 | 永楽帝が北京に遷都 |
| 25 | 1449 | 土木の変(オイラトのエセン) |
| 26 | 1550 | アルタン=ハーンが北京を包囲 |
| 27 | 1592 | 豊臣秀吉の朝鮮出兵、明が援軍 |
| 清 | ||
| 28 | 1616 | ヌルハチが後金を建国 |
| 29 | 1636 | ホンタイジが国号を清に |
| 30 | 1644 | 李自成が北京を占領し明が滅亡 → 清が北京に入城 |
| 31 | 1673 | 三藩の乱(〜1681) |
| 32 | 1683 | 台湾の鄭氏が降る |
| 33 | 1689 | ネルチンスク条約 |
| 34 | 1724 | 雍正帝がキリスト教布教を全面禁止 |
| 35 | 1727 | キャフタ条約 |
| 36 | 1757 | ヨーロッパとの貿易を広州に限定 |
| 37 | 1793 | マカートニー来訪 |
一条鞭法と地丁銀制税制。時代と中身
| 一条鞭法 | 明・16世紀。いろいろな税と徭役を銀で一括して納める(銀の流入が背景) |
| 地丁銀制 | 清・18世紀初め(康熙帝〜雍正帝)。丁税(人頭税)を地税に組み込み、土地の税に一本化 |
軍事の制度王朝と組み合わせる
| 猛安・謀克 | 金。女真人の軍事・行政組織(300戸で1謀克、10謀克で1猛安) |
| 衛所制 | 明(洪武帝)。軍戸という一般の民とは別の戸籍から兵を出す |
| 八旗 | 清(ヌルハチ)。満洲人の軍事・行政組織。のち満洲・蒙古・漢軍の八旗 |
| 緑営 | 清。漢人で編成した軍隊 |
靖康の変・靖難の役・土木の変字が似ている/皇帝が連れ去られる
| 靖康の変 | 1126–27。金が北宋の徽宗・欽宗を連れ去る → 北宋滅亡 |
| 靖難の役 | 1399–1402。明の燕王(永楽帝)が建文帝から帝位を奪う内乱 |
| 土木の変 | 1449。オイラトのエセンが明の正統帝を捕らえる |
宋が結んだ3つの和約相手と年
| 澶淵の盟 | 1004・遼と。宋が兄、遼が弟。宋が毎年 絹・銀を贈る |
| 慶暦の和約 | 1044・西夏と。宋が君、西夏が臣。宋が 絹・銀・茶を贈る |
| 紹興の和議 | 1142・金と(南宋)。淮河が国境。南宋が臣下の礼をとり 銀・絹を贈る |
皇帝の独裁を支えた機関誰が置いたか
| 中書省の廃止 | 明の洪武帝。六部を皇帝に直属させる |
| 内閣大学士 | 明の永楽帝。皇帝を補佐する |
| 軍機処 | 清の雍正帝。軍事・政治の最高機関に |
賦役黄冊と魚鱗図冊どちらも明・洪武帝
| 賦役黄冊 | 戸籍・租税の台帳(人) |
| 魚鱗図冊 | 土地の台帳(土地) |
紙幣の名前
| 交子 | 北宋 |
| 会子 | 南宋 |
| 交鈔 | 金・元(元では乱発して経済が混乱) |
儒学の3つ
| 朱子学 | 南宋の朱熹。大義名分論・四書。明・清・朝鮮で官学 |
| 陽明学 | 明の王守仁。心即理・知行合一 |
| 考証学 | 清。顧炎武ら。古典を実証的に研究 |
新法党と旧法党北宋
| 新法党 | 王安石。新法で富国強兵 |
| 旧法党 | 司馬光(『資治通鑑』)。新法に反対する大地主・大商人の側 |
異民族王朝の統治のしかた
| 遼・金 | 二重統治体制:自分たちは部族の制度、漢人は州県制 |
| 元 | モンゴル人が要職、色目人を財務に登用 |
| 清 | 満漢併用制・科挙で懐柔 ↔ 辮髪・文字の獄で威圧 |
ネルチンスク条約とキャフタ条約どちらもロシアと国境
| ネルチンスク条約 | 1689・康熙帝。アルグン川と外興安嶺(スタノヴォイ山脈)を国境に |
| キャフタ条約 | 1727・雍正帝。モンゴル方面の国境を決める |
典礼問題流れで覚える
| イエズス会 | 中国の信者が孔子の崇拝や祖先の祭祀を続けることを認めて布教 |
| 他の修道会 | ドミニコ会・フランチェスコ会が批判し、教皇がイエズス会のやり方を否定 |
| 清の対応 | 康熙帝がイエズス会以外の布教を禁止 → 雍正帝が布教を全面禁止(1724) |
| 高麗 918–1392 首都:開城 | ||
| 1 | 918 | 王建が高麗を建国(首都開城) |
| 2 | 936 | 高麗が朝鮮半島を統一 |
| 3 | 10世紀後半 | 中国にならい科挙を始める。文官・武官の両班が支配層に |
| 4 | 11世紀 | 契丹(遼)の侵入を受ける |
| 5 | 1170 | 武臣(武官)が実権を握る(武臣政権) |
| 6 | 13世紀 | モンゴルの侵入 → 都を江華島に移して抵抗するが服属。『高麗版大蔵経』を彫り、金属活字で印刷 |
| 7 | 高麗の文化 | 仏教を保護。高麗青磁 |
| 朝鮮王朝 1392–1910 首都:漢城(今のソウル) | ||
| 8 | 1392 | 倭寇の撃退で名をあげた李成桂が朝鮮を建国(首都漢城)。明の冊封を受ける |
| 9 | 建国以後 | 朱子学を官学にし、仏教をおさえる。両班が科挙で官僚を出す特権身分に |
| 10 | 15世紀前半 | 銅活字による印刷がさかんになる |
| 11 | 1446 | 世宗が訓民正音(ハングル)を公布 |
| 12 | 16世紀 | 両班の派閥争い(党争)が激しくなる |
| 13 | 1592 | 豊臣秀吉の侵攻=壬辰倭乱(文禄の役)。1597 丁酉倭乱(慶長の役)。李舜臣が亀甲船で日本の水軍を破る。明が援軍 |
| 14 | 1636 | 清(ホンタイジ)の侵攻を受け、翌年に服属 |
| 15 | 17世紀以降 | 清を夷狄とみなし、朝鮮こそ中華を受け継ぐとする小中華の意識。江戸幕府へ朝鮮通信使 |