中間考査 世界史探究

中間考査 世界史探究 まとめ(10/23)

範囲:五代十国〜清・朝鮮・イスラーム 教科書 6章(p.106〜116)/8章(p.137〜)/9章1(p.150〜157)/10章(p.162〜175)

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Aイスラーム世界7〜18世紀 6章・10章

①王朝の流れ(地域ごと)

左から右へ時代が進む。点線の枠は「カリフは残るが実権を握った王朝」。

アラビア・
イラク・シリア
正統カリフ632–661→ウマイヤ朝661–750→アッバース朝750–1258→イル=ハン国1258–1353
アッバース朝
の実権
ブワイフ朝946 バグダード入城→セルジューク朝1055 バグダード入城
エジプト
ファーティマ朝909–1171→アイユーブ朝1169–1250→マムルーク朝1250–1517→ 1517オスマン帝国
イベリア・
北アフリカ
後ウマイヤ朝756–1031→ムラービト朝1056–1147→ムワッヒド朝1130–1269→ナスル朝1232–1492
中央アジア・
イラン
イル=ハン国1258–1353→ティムール朝1370–1507→サファヴィー朝1501–1736
アフガン・
インド
ガズナ朝10世紀後半〜→ゴール朝12世紀〜1215→デリー=スルタン朝1206–1526→ムガル帝国1526–1858
アナトリア・
バルカン
セルジューク朝1071〜アナトリアへ→オスマン帝国1300頃–1922

10世紀にはアッバース朝(バグダード)・ファーティマ朝(カイロ)・後ウマイヤ朝(コルドバ)の3つがカリフを名のり、カリフが3人並び立った。

②王朝一覧(首都・建国者・重要年・特徴)

正統カリフ時代632–661

首都
メディナ
カリフ
アブー=バクル→ウマル→ウスマーン→アリー(話し合いで選ばれた4人)
重要年
642 ニハーヴァンドの戦いでササン朝を破る

ジハード(聖戦)による大征服でシリア・エジプト・イラクを獲得。

ウマイヤ朝661–750スンナ派

首都
ダマスクス
建国者
ムアーウィヤ
重要年
711 西ゴート王国を滅ぼす/732 トゥール・ポワティエ間の戦いでフランク王国に敗れる

カリフを世襲。アラブ人が特権をもち、改宗した非アラブ人(マワーリー)もジズヤ・ハラージュを負担した。

アッバース朝750–1258スンナ派

首都
バグダード(2代マンスールが建設)
建国者
アブー=アルアッバース
重要年
751 タラス河畔の戦いで唐を破る(製紙法が伝わる)/1258 フラグに滅ぼされる

ムスリムの平等:ジズヤは非ムスリムだけ、ハラージュはアラブ人も土地をもてば負担。最盛期はハールーン=アッラシード。10世紀以降は実権を失う。

後ウマイヤ朝756–1031

首都
コルドバ
建国者
アブド=アッラフマーン1世(ウマイヤ家の一族)

イベリア半島。10世紀にはカリフを名のる。

ファーティマ朝909–1171シーア派

首都
カイロ(エジプト征服後に建設)
重要年
909 チュニジアで建国/969 エジプトを征服

イスマーイール派(シーア派)。はじめからカリフを名のる。アズハル学院を建てた。

ブワイフ朝932–1062シーア派・イラン系

重要年
946 バグダードに入城

アッバース朝カリフから大アミールに任じられ実権を握る。軍人に土地の徴税権を与えるイクター制を始めた。

セルジューク朝1038–1194スンナ派・トルコ系

首都
イスファハーン(マリク=シャーの時代)
建国者
トゥグリル=ベク
重要年
1055 バグダード入城/1071 マンジケルトの戦いでビザンツ帝国を破る

カリフからスルタンの称号を受ける。宰相ニザーム=アルムルクがニザーミーヤ学院を建てる。イクター制を整え、アナトリア進出は十字軍のきっかけ。

ガズナ朝10世紀後半–12世紀後半トルコ系

首都
ガズナ(アフガニスタン)

トルコ人のマムルークが建国。マフムードが北インドへくり返し侵入。

ゴール朝12世紀–1215

アフガニスタン。ガズナ朝にかわって北インドへ進出し、インドのイスラーム化が進む。

デリー=スルタン朝1206–1526

首都
デリー
建国者
アイバク(ゴール朝のマムルーク出身)=奴隷王朝

奴隷王朝→ハルジー朝→トゥグルク朝→サイイド朝→ロディー朝の5王朝。クトゥブ=ミナール。

アイユーブ朝1169–1250スンナ派

首都
カイロ
建国者
サラーフ=アッディーン(サラディン)
重要年
1171 ファーティマ朝を廃する/1187 イェルサレムを奪回

第3回十字軍と戦い、イェルサレムを守った。

マムルーク朝1250–1517スンナ派

首都
カイロ
人物
バイバルス
重要年
1260 アイン=ジャールートの戦いでモンゴル軍を撃退/1291 十字軍最後の拠点アッコンを奪う/1517 オスマン帝国に滅ぼされる

アッバース家のカリフをカイロで保護。カーリミー商人が香辛料交易で活躍。

ムラービト朝1056–1147ベルベル人

首都
マラケシュ
重要年
1076 ガーナ王国を攻撃

西アフリカのイスラーム化が進む。イベリア半島にも進出。

ムワッヒド朝1130–1269ベルベル人

首都
マラケシュ

ムラービト朝を倒す。哲学者イブン=ルシュド(アリストテレス注釈)が仕えた。

ナスル朝1232–1492

首都
グラナダ
重要年
1492 グラナダ陥落=レコンキスタ完了

イベリア半島最後のイスラーム王朝。アルハンブラ宮殿。

イル=ハン国1258–1353

首都
タブリーズ
建国者
フラグ

7代ガザン=ハンがイスラームに改宗し国教とする。宰相ラシード=アッディーン『集史』。

ティムール朝1370–1507

首都
サマルカンド
建国者
ティムール
重要年
1402 アンカラの戦いでオスマン帝国(バヤジット1世)を破る/1507 ウズベクに滅ぼされる

ティムールは明への遠征の途中で死去。ウルグ=ベクの天文台。トルコ=イスラーム文化。

サファヴィー朝1501–1736シーア派・イラン

首都
タブリーズ→イスファハーン(アッバース1世)
建国者
イスマーイール1世

シーア派の十二イマーム派を国教に。王はシャーを名のる。最盛期のアッバース1世はオスマン帝国から領土を取り戻し、ホルムズ島をポルトガルから奪回。「イスファハーンは世界の半分」。

オスマン帝国1300頃–1922スンナ派・トルコ系

首都
ブルサ→アドリアノープル(エディルネ)→イスタンブル
建国者
オスマン1世
重要年
1396 ニコポリスの戦い/1402 アンカラの戦いで敗北/1453 メフメト2世がコンスタンティノープルを攻略(ビザンツ帝国滅亡)/1517 セリム1世がマムルーク朝を滅ぼし、メッカ・メディナの保護者に/スレイマン1世:1526 モハーチの戦い・1529 第1次ウィーン包囲・1538 プレヴェザの海戦で勝利/1571 レパントの海戦で敗北/1683 第2次ウィーン包囲に失敗/1699 カルロヴィッツ条約でハンガリーをオーストリアに割譲
制度
ティマール制(騎士に徴税権)/デヴシルメ(キリスト教徒の子弟を集める)→イェニチェリ(歩兵の常備軍)/ミッレト(非ムスリムの宗教共同体に自治)/カピチュレーション(フランスなどに与えた通商の特権)

ムガル帝国1526–1858インド

首都
アグラ・デリー
建国者
バーブル(ティムールの子孫)
重要年
1526 パーニーパットの戦いでロディー朝を破る
皇帝
3代アクバル:首都アグラ、マンサブダール制、ジズヤを廃止してヒンドゥー教徒と融和
シャー=ジャハーン:タージ=マハル
アウラングゼーブ:最大領土、厳格なスンナ派でジズヤを復活(1679)→マラーター・シク教徒・ラージプートが反抗
文化
インド=イスラーム文化:ウルドゥー語、ムガル絵画、シク教(ナーナク)

③年表

7世紀
1622ヒジュラ(聖遷):ムハンマドがメッカからメディナへ。イスラーム暦の元年
2632ムハンマド死去。アブー=バクルが初代カリフ(正統カリフ時代)
3642ニハーヴァンドの戦いでササン朝を破る
4661アリー暗殺。ムアーウィヤがウマイヤ朝(ダマスクス)
8世紀
5711ウマイヤ朝が西ゴート王国を滅ぼす
6732トゥール・ポワティエ間の戦い(フランク王国に敗れる)
7750アッバース朝成立
8751タラス河畔の戦い(唐を破る、製紙法が西へ)
9756後ウマイヤ朝(コルドバ)
10〜11世紀
10909ファーティマ朝がチュニジアで成立
11946ブワイフ朝がバグダードに入城
12969ファーティマ朝がエジプトを征服しカイロを建設
131055セルジューク朝がバグダードに入城
141071マンジケルトの戦いでビザンツ帝国を破る
151096第1回十字軍
12〜13世紀
161187サラーフ=アッディーンがイェルサレムを奪回
171206奴隷王朝(アイバク、デリー)
181250マムルーク朝成立
191258フラグがバグダードを攻略、アッバース朝滅亡→イル=ハン国
201260アイン=ジャールートの戦い(マムルーク朝がモンゴル軍を撃退)
14〜15世紀
211370ティムール朝(サマルカンド)
221402アンカラの戦い(ティムールがオスマン帝国を破る)
231453メフメト2世がコンスタンティノープル攻略
241492ナスル朝滅亡(グラナダ陥落)
16〜17世紀
251501サファヴィー朝(イスマーイール1世)
261517セリム1世がマムルーク朝を滅ぼす
271526パーニーパットの戦い→ムガル帝国(バーブル)/同年モハーチの戦い
281529第1次ウィーン包囲(スレイマン1世)
291538プレヴェザの海戦(オスマン帝国が勝利)
301571レパントの海戦(オスマン帝国が敗北)
311683第2次ウィーン包囲に失敗
321699カルロヴィッツ条約(ハンガリーをオーストリアへ)

④取り違えやすいペア

エジプトの3王朝順番と宗派

ファーティマ朝シーア派(イスマーイール派)。カイロを建設、アズハル学院。カリフを名のる
アイユーブ朝スンナ派。サラディンがファーティマ朝を倒す。十字軍と戦う
マムルーク朝スンナ派。モンゴルを撃退(1260)。1517年オスマン帝国に滅ぼされる

ブワイフ朝とセルジューク朝どちらもバグダードで実権

ブワイフ朝イラン系・シーア派。946年入城。称号は大アミール。イクター制を始めた
セルジューク朝トルコ系・スンナ派。1055年入城。称号はスルタン。イクター制を整備

カリフ・スルタン・シャー称号

カリフ預言者ムハンマドの後継者。ムスリム共同体の指導者
スルタン「権力者」。セルジューク朝のトゥグリル=ベクがカリフから授かったのが始まり。政治・軍事の支配者
シャーイランの王の称号。サファヴィー朝が用いた

イクター制・ティマール制・マンサブダール制軍人・官僚への給与のしくみ

イクター制ブワイフ朝が始め、セルジューク朝が整備。軍人に、俸給のかわりに土地の徴税権を与える
ティマール制オスマン帝国。騎士(シパーヒー)に徴税権(ティマール)を与え、かわりに軍役を課す
マンサブダール制ムガル帝国のアクバル。官僚・軍人に位(マンサブ)を与え、位に応じて給与と、用意すべき騎兵・騎馬の数を決める

ウマイヤ朝とアッバース朝の税ジズヤ=人頭税、ハラージュ=地租

ウマイヤ朝アラブ人の特権。改宗した非アラブ人もジズヤ・ハラージュを払う
アッバース朝ムスリムの平等。ジズヤは非ムスリムだけ、ハラージュは土地をもつ者全員

スンナ派とシーア派

スンナ派共同体の慣行(スンナ)に従う多数派。ウマイヤ朝・アッバース朝・セルジューク朝・オスマン帝国
シーア派アリーとその子孫だけを指導者と認める。ファーティマ朝(イスマーイール派)・ブワイフ朝・サファヴィー朝(十二イマーム派)

ムラービト朝とムワッヒド朝どちらもベルベル人・首都マラケシュ

ムラービト朝先。ガーナ王国を攻撃(1076)
ムワッヒド朝後。ムラービト朝を倒す。イブン=ルシュド

デヴシルメとイェニチェリオスマン帝国

デヴシルメバルカンのキリスト教徒の子弟を集め、改宗させて教育する制度(集め方)
イェニチェリそうして育てた歩兵の常備軍(できた軍団)

アクバルとアウラングゼーブムガル帝国・ジズヤ

アクバルジズヤを廃止。ヒンドゥー教徒と融和
アウラングゼーブジズヤを復活。ヒンドゥー教徒らが反発し帝国が揺らぐ

戦いの勝ち負け誰が誰に

642 ニハーヴァンド正統カリフ軍 ○ ― ● ササン朝
732 トゥール・ポワティエ間ウマイヤ朝 ● ― ○ フランク王国(カール=マルテル)
751 タラス河畔アッバース朝 ○ ― ● 唐
1071 マンジケルトセルジューク朝 ○ ― ● ビザンツ帝国
1260 アイン=ジャールートマムルーク朝 ○ ― ● モンゴル軍
1402 アンカラティムール朝 ○ ― ● オスマン帝国
1526 パーニーパットバーブル ○ ― ● ロディー朝
1526 モハーチオスマン帝国 ○ ― ● ハンガリー
1538 プレヴェザオスマン帝国 ○ ― ● スペイン・ヴェネツィアなど
1571 レパントオスマン帝国 ● ― ○ スペイン・ヴェネツィアなど

B東アジア(五代十国〜清)8章・9章1・10章

①王朝の流れ

中国本土
五代十国907–960→北宋960–1127→ 靖康の変南宋1127–1279→元1271–1368→明1368–1644→清1644 北京入城–1912
北方・西方の
民族
遼(契丹)916–1125→金(女真)1115–1234→モンゴル帝国1206〜→元
西北
西夏(タングート)1038–1227→ チンギス=ハンが滅ぼす
東北
後金(女真)1616→ 1636 国号を清に清

②王朝一覧(建国者・首都・人物・制度・対外関係)

五代十国907–960

始まり
節度使の朱全忠が唐を滅ぼし後梁を建国(都は開封)
内容
華北に後梁・後唐・後晋・後漢・後周の5王朝、各地に10国。節度使による武断政治。936 後晋が燕雲十六州を契丹に割譲
社会
門閥貴族が没落し、新興地主(形勢戸)が台頭

北宋960–1127

建国者
趙匡胤(太祖)。2代太宗が中国を統一(979)
首都
開封
制度
文治主義(武人を抑え文官を重んじる)。科挙に皇帝自らが行う殿試を加える。科挙出身の官僚=士大夫
対外
1004 澶淵の盟(遼)/1044 慶暦の和約(西夏)→ 毎年の贈り物と軍事費で財政難
改革
神宗が王安石を登用し新法:青苗法(農民に低利で貸付)・市易法(中小商人に低利で融資)・均輸法(物資の流通と物価の安定)・募役法(免役銭を出させ人を雇う)・保甲法(農民を組織して民兵に)・保馬法(農民に軍馬を飼わせる)
→ 新法党と、司馬光(『資治通鑑』)らの旧法党が対立
滅亡
1126–27 靖康の変:金が開封を占領し、上皇徽宗と皇帝欽宗を連れ去る

南宋1127–1279

建国者
高宗(欽宗の弟)
首都
臨安(杭州)
対外
和平派の秦檜と主戦派の岳飛が対立 → 1142 紹興の和議(淮河を国境、南宋は金に臣下の礼)
滅亡
1276 元が臨安を占領、1279 滅亡

宋代の社会・経済・文化

農業
江南の開発。「蘇湖(江浙)熟すれば天下足る」。日照りに強い占城稲。地主(形勢戸)と小作人(佃戸)
商業
紙幣:北宋の交子・南宋の会子。商人の同業組合行・手工業者の作。城外の商業地草市・鎮。海上貿易を管理する市舶司(広州・泉州・明州)。陶磁器の景徳鎮
文化
宋学 → 南宋の朱熹が朱子学を大成(大義名分論、四書を重視)。陸九淵は「心即理」。文人画と宮廷の院体画。木版印刷の普及、羅針盤・火薬の実用化

遼916–1125契丹

建国者
耶律阿保機
首都
上京臨潢府
重要年
926 渤海を滅ぼす/936 燕雲十六州を得る/1004 澶淵の盟
制度
二重統治体制:遊牧民は部族制(北面官)、農耕民(漢人)は州県制(南面官)。契丹文字
滅亡
1125 金と北宋に滅ぼされる → 一族の耶律大石が中央アジアに西遼(カラキタイ)

西夏1038–1227タングート

建国者
李元昊
首都
興慶
重要年
1044 慶暦の和約(宋が君、西夏が臣)/1227 チンギス=ハンに滅ぼされる
文化
西夏文字。東西交易路を押さえる

金1115–1234女真

建国者
完顔阿骨打
首都
会寧 → 燕京(中都)
重要年
1125 遼を滅ぼす(宋と結ぶ)/1126–27 靖康の変/1142 紹興の和議/1234 モンゴル(オゴデイ)に滅ぼされる
制度
女真人は軍事・行政組織の猛安・謀克、漢人は州県制(二重統治)。女真文字。紙幣の交鈔
文化
華北で王重陽が全真教(道教の改革)

モンゴル帝国1206〜

建国者
チンギス=ハン(テムジン、1206年クリルタイで即位)。千戸制
首都
カラコルム(オゴデイが建設)
拡大
チンギス:ホラズム=シャー朝・西夏を攻める/オゴデイ:金を滅ぼす(1234)/バトゥ:1241 ワールシュタットの戦い→キプチャク=ハン国/フラグ:1258 バグダード→イル=ハン国/ほかにチャガタイ=ハン国

元1271–1368

建国者
クビライ(1260即位、1271 国号を元に)
首都
大都(今の北京)
対外
1276 臨安占領・1279 南宋を滅ぼす。日本遠征(1274・1281)、ベトナム・ジャワへの遠征は失敗
制度
モンゴル人が要職を占め、中央アジア・西アジア出身の色目人を財務などに登用。科挙は一時停止。駅伝制(ジャムチ)。紙幣の交鈔。大運河の改修と海運
文化
パクパ文字。チベット仏教を保護。元曲(『西廂記』)。郭守敬の授時暦。マルコ=ポーロ・イブン=バットゥータが来訪、モンテ=コルヴィノが大都でカトリックを布教
滅亡
交鈔の乱発で経済が混乱 → 1351 紅巾の乱(白蓮教徒)→ 1368 明に追われモンゴル高原へ(北元)

明1368–1644

建国者
朱元璋(洪武帝、紅巾の乱から台頭)
首都
南京 → 北京(1421 永楽帝が遷都)
洪武帝
中書省を廃止し六部を皇帝直属に/里甲制(110戸で1里、村の自治と徴税)/賦役黄冊(戸籍・租税台帳)と魚鱗図冊(土地台帳)/六諭(民衆の教訓)/衛所制(軍戸から兵を出す)/明律・明令/一世一元の制/朱子学を官学に/海禁(民間の海上交易を禁止)と朝貢
永楽帝
靖難の役(1399–1402)で甥の建文帝から帝位を奪う/内閣大学士を置く/鄭和の南海遠征(1405〜、7回)/モンゴル高原に親征、ベトナムを一時支配/『永楽大典』『四書大全』
動揺
1449 土木の変(オイラトのエセンが正統帝を捕らえる)→ 長城を修築/北虜南倭:北はタタールのアルタン=ハーン(1550 北京を包囲)、南は倭寇/16世紀後半、海禁をゆるめる/張居正の財政再建/豊臣秀吉の朝鮮出兵に援軍 → 財政悪化/東林派と宦官派の党争
税制
日本銀・メキシコ銀が流入 → 16世紀、税と徭役を銀で一括して納める一条鞭法
社会
「湖広熟すれば天下足る」(穀倉が長江中流へ)。地方の有力者郷紳。山西商人・徽州(新安)商人。同郷・同業の会館・公所
文化
王守仁(王陽明)の陽明学(心即理・知行合一)/実学:李時珍『本草綱目』・徐光啓『農政全書』・宋応星『天工開物』/小説:『水滸伝』『三国志演義』『西遊記』『金瓶梅』/イエズス会のマテオ=リッチ『坤輿万国全図』、徐光啓と『幾何原本』を訳す
滅亡
1644 李自成の反乱軍が北京を占領し、明が滅ぶ

清1616(後金)–1912

建国者
ヌルハチ:1616 後金を建国、八旗を編成、満洲文字
首都
瀋陽 → 北京(1644)
ホンタイジ
内モンゴル(チャハル)を従え、1636 国号を清に。朝鮮を服属させる
順治帝
1644 明の武将呉三桂の先導で北京に入城
康熙帝
三藩の乱(1673–81)を鎮圧/1683 台湾の鄭氏を降す/1689 ネルチンスク条約(ロシアのピョートル1世と国境を定める)/典礼問題でイエズス会以外の布教を禁止/『康熙字典』
雍正帝
軍機処を設置(皇帝直属の最高機関)/地丁銀制を全国に/1724 キリスト教の布教を全面禁止/1727 キャフタ条約(ロシアとモンゴル方面の国境)
乾隆帝
ジュンガルを滅ぼし東トルキスタンを「新疆」に(最大領土)/1757 ヨーロッパ船の来航を広州1港に限定(特許商人の公行)/『四庫全書』/1793 イギリスのマカートニーが来るが自由貿易は認めず
統治
直轄地・藩部(モンゴル・青海・チベット・新疆。理藩院が管轄)・朝貢国。満漢併用制(要職に満洲人と漢人を同数)・科挙を続ける ↔ 辮髪の強制・文字の獄・禁書(アメとムチ)。漢人の軍隊緑営
文化
考証学(顧炎武ら。経典を実証的に研究)/『紅楼夢』『儒林外史』/『古今図書集成』/カスティリオーネが円明園の設計に参加
動揺
人口が急増 → 1796–1804 白蓮教徒の乱

③年表

五代十国・宋・遼・西夏・金
1907朱全忠が唐を滅ぼし後梁を建国
2916耶律阿保機が契丹(遼)を建国
3926遼が渤海を滅ぼす
4936後晋が燕雲十六州を遼に割譲
5960趙匡胤が宋を建国(開封)
61004澶淵の盟(宋が兄・遼が弟、宋が毎年絹・銀を贈る)
71038李元昊が西夏を建国
81044慶暦の和約(西夏が臣下、宋が絹・銀・茶を贈る)
91069王安石の新法が始まる(神宗)
101115完顔阿骨打が金を建国
111125遼が滅亡(金と宋が挟撃)
121126–27靖康の変 → 北宋滅亡、高宗が南宋(臨安)
131142紹興の和議(淮河が国境)
モンゴル・元
141206テムジンがチンギス=ハンに
151227西夏が滅亡
161234オゴデイが金を滅ぼす
171241ワールシュタットの戦い(バトゥ)
181271クビライが国号を元に
191276元が臨安を占領(1279 南宋滅亡)
201351紅巾の乱
明
211368朱元璋が明を建国(南京)、元は北へ
221399靖難の役(1402 永楽帝が即位)
231405鄭和の南海遠征が始まる
241421永楽帝が北京に遷都
251449土木の変(オイラトのエセン)
261550アルタン=ハーンが北京を包囲
271592豊臣秀吉の朝鮮出兵、明が援軍
清
281616ヌルハチが後金を建国
291636ホンタイジが国号を清に
301644李自成が北京を占領し明が滅亡 → 清が北京に入城
311673三藩の乱(〜1681)
321683台湾の鄭氏が降る
331689ネルチンスク条約
341724雍正帝がキリスト教布教を全面禁止
351727キャフタ条約
361757ヨーロッパとの貿易を広州に限定
371793マカートニー来訪

④取り違えやすいペア

一条鞭法と地丁銀制税制。時代と中身

一条鞭法明・16世紀。いろいろな税と徭役を銀で一括して納める(銀の流入が背景)
地丁銀制清・18世紀初め(康熙帝〜雍正帝)。丁税(人頭税)を地税に組み込み、土地の税に一本化

軍事の制度王朝と組み合わせる

猛安・謀克金。女真人の軍事・行政組織(300戸で1謀克、10謀克で1猛安)
衛所制明(洪武帝)。軍戸という一般の民とは別の戸籍から兵を出す
八旗清(ヌルハチ)。満洲人の軍事・行政組織。のち満洲・蒙古・漢軍の八旗
緑営清。漢人で編成した軍隊

靖康の変・靖難の役・土木の変字が似ている/皇帝が連れ去られる

靖康の変1126–27。金が北宋の徽宗・欽宗を連れ去る → 北宋滅亡
靖難の役1399–1402。明の燕王(永楽帝)が建文帝から帝位を奪う内乱
土木の変1449。オイラトのエセンが明の正統帝を捕らえる

宋が結んだ3つの和約相手と年

澶淵の盟1004・遼と。宋が兄、遼が弟。宋が毎年 絹・銀を贈る
慶暦の和約1044・西夏と。宋が君、西夏が臣。宋が 絹・銀・茶を贈る
紹興の和議1142・金と(南宋)。淮河が国境。南宋が臣下の礼をとり 銀・絹を贈る

皇帝の独裁を支えた機関誰が置いたか

中書省の廃止明の洪武帝。六部を皇帝に直属させる
内閣大学士明の永楽帝。皇帝を補佐する
軍機処清の雍正帝。軍事・政治の最高機関に

賦役黄冊と魚鱗図冊どちらも明・洪武帝

賦役黄冊戸籍・租税の台帳(人)
魚鱗図冊土地の台帳(土地)

紙幣の名前

交子北宋
会子南宋
交鈔金・元(元では乱発して経済が混乱)

儒学の3つ

朱子学南宋の朱熹。大義名分論・四書。明・清・朝鮮で官学
陽明学明の王守仁。心即理・知行合一
考証学清。顧炎武ら。古典を実証的に研究

新法党と旧法党北宋

新法党王安石。新法で富国強兵
旧法党司馬光(『資治通鑑』)。新法に反対する大地主・大商人の側

異民族王朝の統治のしかた

遼・金二重統治体制:自分たちは部族の制度、漢人は州県制
元モンゴル人が要職、色目人を財務に登用
清満漢併用制・科挙で懐柔 ↔ 辮髪・文字の獄で威圧

ネルチンスク条約とキャフタ条約どちらもロシアと国境

ネルチンスク条約1689・康熙帝。アルグン川と外興安嶺(スタノヴォイ山脈)を国境に
キャフタ条約1727・雍正帝。モンゴル方面の国境を決める

典礼問題流れで覚える

イエズス会中国の信者が孔子の崇拝や祖先の祭祀を続けることを認めて布教
他の修道会ドミニコ会・フランチェスコ会が批判し、教皇がイエズス会のやり方を否定
清の対応康熙帝がイエズス会以外の布教を禁止 → 雍正帝が布教を全面禁止(1724)

C朝鮮(高麗〜朝鮮王朝)

①年表

高麗 918–1392 首都:開城
1918王建が高麗を建国(首都開城)
2936高麗が朝鮮半島を統一
310世紀後半中国にならい科挙を始める。文官・武官の両班が支配層に
411世紀契丹(遼)の侵入を受ける
51170武臣(武官)が実権を握る(武臣政権)
613世紀モンゴルの侵入 → 都を江華島に移して抵抗するが服属。『高麗版大蔵経』を彫り、金属活字で印刷
7高麗の文化仏教を保護。高麗青磁
朝鮮王朝 1392–1910 首都:漢城(今のソウル)
81392倭寇の撃退で名をあげた李成桂が朝鮮を建国(首都漢城)。明の冊封を受ける
9建国以後朱子学を官学にし、仏教をおさえる。両班が科挙で官僚を出す特権身分に
1015世紀前半銅活字による印刷がさかんになる
111446世宗が訓民正音(ハングル)を公布
1216世紀両班の派閥争い(党争)が激しくなる
131592豊臣秀吉の侵攻=壬辰倭乱(文禄の役)。1597 丁酉倭乱(慶長の役)。李舜臣が亀甲船で日本の水軍を破る。明が援軍
141636清(ホンタイジ)の侵攻を受け、翌年に服属
1517世紀以降清を夷狄とみなし、朝鮮こそ中華を受け継ぐとする小中華の意識。江戸幕府へ朝鮮通信使